隣の部屋の先輩 けんちゃんこと前田さんにアルバイトを紹介された。スーパーの店頭で化粧品をワゴンで販売するアルバイト。この寮ではいろんな伝統があるらしいけど、このアルバイトもその中の一つ。

「アルバイトやらない」

「どんなアルバイトですか?」

「朝10時から夕方8時まで女性とペアで化粧品を売るバイト。知識は必要なし。5000円になるけど」

女性とペアという言葉に引きずられます。5000円というのも魅力だし、知識も必要ないというのはラッキー。先輩の弁によると お客さんが勝手に商品を選んでもってくるからお金を精算して袋にいれて渡すだけ。暇なときはペアの女性と話していればいいから。化粧品はすべて100円。計算も楽。なんといっても若い女性と一緒というのがうれしいと思えるような先輩の話。日曜日は特に用事もなかったので「ありがとうございます。いきます」と二つ返事。これが間違いのもとでした。

「じゃ あした8時までに所沢の駅の近くにあるスーパーへ行って」

「さっき10時って言いましたよね」

「えっ そうだっけ。言い忘れてた。明日はそのスーパーで最初の販売だから届いた荷物のチェックとかワゴンにいれるとかいろいろあるからね。ちょっと早いかもね」

「ちょっとじゃなくてかなり早いような気が・・・」

「いいじゃん。若い女の子もくるし」

「バイト代は変わらないんですか?」

「一日5000円だからね」

なんとなくだまされたような気がしないでもないし、あとから完全にだまされてました。このワゴン販売は常設ではなく1週間くらいであっちこっちのスーパーに移動していきます。したがって初日と最終日は準備と後始末があり、結構バタバタするし、時間も拘束される。私に紹介したその先輩は2日目から余裕の出勤。最初は最終日のことを知らない私に譲ってもくれたんです。

朝7時50分くらいにスーパーの入口へ。守衛さんの座っているいり口を抜けて指示された場所に行くと年は50代くらいのうちの母親と同じくらいの女性が

「あなた 斉藤君?今日うちのアルバイトでしょ。あなたが初めてだから今日は私がペア組むからよろしくね」がーん 若い女性は?ここで親しくなって東京生活が楽しくできる第一歩にするんだと思ってきたのに。母親と同じくらいの女性と一日 今日一日が暗く 時間だけが早く過ぎていくことを祈る朝の出来事となりました。

「じゃ 斉藤君 準備するから このワゴンに化粧品を種類ごとに並べていれて。10時に開店だけどすぐにはみんな来ないからちょっとくらい遅くなってもかまわないからね」

「あの~ 化粧品はどこに?」

「1階の搬入口に届いているからダンボールで。取りに行って まだエレベーターもエスカレーターも動いていないからね」

2階のワゴンのおいてある場所から階段で搬入口へ。確かに段ボールが10個届いている。1メートル四方くらいの大きさの段ボール。1階にひと箱だよなと思いながら。その積み重ねられた段ボールの日一つを抱え込む。けっこう重たい。あとで聞くと15~6KGあるという。確かに100円化粧品って容れ物が小さい分段ボールにはたくさんはいる。というか詰め込んでる。先輩が押しつけた理由がわかる。汗だくだくになって段ボールを運ぶはしからペアの女性が中身を取り出して並べている。

「空になった段ボールはまた下に持っていっておいてね。やっぱり若いからはやいわね~」

そんな指示をうけて指示どおりに10時過ぎには準備も終了。

でも午前中はお客さんが来ない。その間この女性の質問攻撃

「どこから来たの どこの大学 彼女は 勉強ちゃんとしてる 」矢継ぎ早に飛んでくる質問を「なんで若い女性じゃないの?明日からは若い女性なのかな」とか考えている。思い切って聞いてみることに「あのペアっていつも男性と女性なんですか?」

「そうよ大体休みの日はアルバイトをしようという若い人が少ないから私たち本部からの応援。平日は学生さんが多いかな」

「先輩から若い女性とペアを組めるって聞いたんです」

「そうね 平日は多いわね」

「え~っ そうなんですか」

「先輩知っているはずよ。あの人経験長いから」

「え~っ 先輩は知っているんですか」

「当り前でしょ あの人もう1年だからね。平日がメインだけど。土日はあんまり出てこないわね」

そうなんです。その先輩は知ってたんです。このアルバイトをするための楽な日としんどい日を。

「土日は忙しいから。僕は」の一言が戻ってきました。

とは言え準備さえ終わるとそんなに忙しい仕事ではないので楽でしたが、そのうちサークル活動が忙しくなって行くことができなくなりました。結局このアルバイトでは若い女性とのペアは一回もありませんでした。    宇宙戦艦ヤマトへ